今後の山への向き合い方を考える
1月29日。2/8-10あたりで海谷 駒ケ岳のカネコロン(アイス)を登る計画だった。
カネコロンはきっと楽しい。翌日に近場でBCをやればなおよし。などと考えていた。
1月最終週は良く冷えていた、さらに翌週は今季最強の寒波がやってくるというではないか。予備プランを考えながら私は葛藤していた。ここ1週間ほど暖かくなってしまったとはいえ、もしかしてこの2週間の寒波であの滝は・・・何とか登れるぐらいの氷瀑になるのではないかと片思いする男子中学生になっていた。
私はどうしても自分の欲望を抑えきれずカネコロンのパートナー、ツクシ君(裏双門の翌週にイブキグラの黒滝をアイス初登、私は日程が合わず残念ながら不参加)にこう言ってしまった。
「ちなみに近場だけど一つやり残している課題がある。多分、未登の氷瀑。来週の寒波で登れるんじゃないだろうかと期待している」
ただそれだけを言った。
彼はこう言った。
「デカくて美しいモノなら是非ご一緒させてください」
私は「大台ヶ原 中ノ滝、250m」と返した。
「やっぱり大台ヶ原、南面ですよね。けど見る価値はありますね」
こうして私たちははその250mのデカい滝、大台ヶ原の中ノ滝へと挑戦することとなった。
そもそもこの氷瀑の(というか凍ることを)存在を知ったのは1年ほど前だろうか。何か色々調べているときに氷瀑になるという情報(2019年のモニターツアーの写真)を見つけたのだ。と言ってもそれは遠望写真であったし、遠望でもボロく完全氷結には程遠いのがわかるような代物であった。
それもそのはず、中ノ滝の標高はせいぜい1000m程度であり、奈良、紀伊半島というもともと暖かい気候である。さらに水量は結構多いので相当冷え込んでも完全氷結なんてとても見込めないのだ。
また、冬は大台ヶ原ドライブウェイが冬季閉鎖となっており、車どころか歩行者も通行禁止となっているため、かなり特殊かつ長いアプローチをとらなければいけないのだ(私の知る限り筏場道など2ルートほどある)。そのため、冬に大台ヶ原に登る人は(ドライブウェイを歩く人を除き)ほぼいないのである。
そんなのっぴきならない?事情によって、そもそもその滝が凍るのかどうかといった情報は皆無に等しかった。
しかし、上述したモニターツアーというものがあり、そのレポートと中ノ滝の写真ががわずかに上がっている。その当時の2週間程度の気温などと見比べて、今年はかなり冷え込む予報なのだ。これはもう行ってみないとわからない、賭けというやつなのだが、その価値はきっとあるだろう。見るだけでも、なんてのは思っておらず、まぁ岩が出てても登りきってやろうという気持ちであった。
私のモットー、FIND A WAY OR MAKE ONE.
道はみつける、なければ作る。
日程:2025年2月10日-11日
天気:晴れ登攀開始時0℃
山行形態:アイスクライミング
メンバー:がんちゃん、ツクシくん
主な共同装備:ハーフロープ60mx2、アイススクリュー14本、カム#0.3-#2、オフセットナッツ、テリア1、イボイノ1、ヌンチャク類多数。
気象データ(上北山村、標高334m)
多少凍っていた写真があがっていた2019年の上北山村の気温である。気象庁の上北山村観測所は標高334mである。中ノ滝の標高はおおよそ900m~1000m付近であるので、600m差、つまり標高差だけでいうと6℃程度低いことになる。
モニターツアーは2月13日、14日なのでそれまでの2週間分をチェックした。滝は南面なので風や日照時間も大きな要素となるが、気温だけみても最低がようやく氷点下、最高に関しては2桁の日も多かったようだ。となると滝付近の最高気温はなんとか1桁前半ぐらい、最低気温はマイナス1桁といったところか。
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2019年の上北山村の気象データ
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さて、今回はどうか。天気予報でも今季最強寒波!といっているので期待できる。実際、色々なサイトで昼間の最高気温でも氷点下かどうかぐらいとよく冷えているようである。まずは2週間前の1月後半。
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2025年1月 |
最低気温こそぎりぎり氷点下になっていないようではあるが、滝の標高換算だと最高気温がほぼ氷点下だ。
そして直近1週間。2月4日かから最強に冷え始めた。実際2月5日なんてめっちゃ寒くて布団から出られずおいなりさんになっていた。いや、3日も4日もまともに出れなかったが。
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2025年2月 |
そして前日まで良く冷えていた。期待できる。
山行詳細
中ノ滝 250m登攀
アプローチはひどいラッセル。想定の想定の想定の上であった。途中、渡渉に失敗し両足が膝まで使ったりし、靴の中もびちょびちょになったが気温が高かったので特に支障はなかった。この時は。
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まだ浅い方である
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結局13時間弱をかけ、8時40分に滝の取付きへと辿りついた。途中、滝見台からドローンで偵察し判断したものも含め、凡そ6-7ピッチの登攀であろうと見積もる。
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滝見台から西ノ滝(左)と中ノ滝(右)
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中ノ滝250m全景
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滝手前のアプローチドボン注意
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1ピッチ目:がんちゃん、50m、WI4
9時31分、登攀開始。
登攀ラインは大きく分けて3つ取れそうであった。
左の長い氷柱状は抜け口が悪そうかつ見えないので不確定(結局横から見たら結構薄く水が流れているようで、とても登れる状態ではなかった)。
右寄りのスラブも結構水が流れており取りつきたくない。
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横から見た左のライン
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というわけで真ん中の、無雪期にも登ったラインで登ることにした。そこであればスクリューだけでなく、カムなども使えそうだ。
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1ピッチ目登攀中
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氷は全セクション通して水氷が多く、プロテクションとしてはイマイチな部分も多い。1ピッチ目は比較的マシで、ある程度プロテクションも取れた。脆そうだけど。
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1ピッチ目
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凡そ直上し、右トラバースから凹角に入り氷で終了点をセット。
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1ピッチ目終了点
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2ピッチ目:ツクシ、35m、Ⅳ
直上を目指すもプロテクションが悪そう。諦めて岩セクションを右に少しトラバースし、氷を登る。
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2ピッチ目、左側は厳しそうであった
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といっても裏に水が流れている薄い氷のヒヤヒヤトラバース。露岩があるのでカムでプロテクションを取っていた。
その後は湿った雪が乗った氷のスラブを登っていく。雪が無くなり氷質が安定したところでピッチを切っていた。その先が悪そうだ。
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2ピッチ目フォロー登攀
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3ピッチ目を見上げる
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3ピッチ目:がんちゃん、55m、WI5+
水氷とツララのセクション。少し登ると水。水。水。水氷。スクリューはまともに決まらない。表面はジャリジャリ。
邪魔なつららをあらかじめ叩き折りながら登る。めちゃくちゃ悪い。
かなり細かくプロテクションを取る。効いてなさそうだが。
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3ピッチ目登攀中
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氷柱にスリングを巻いてみたり。
左側は薄い氷を叩きわり岩と水が露出していた。そっと足を置く。
びしょびしょになりながら登る、ここは南面。太陽が暖かい。
氷の抜け口の形状が悪く苦戦しフォール。最後にとったスクリューがなぜか効いていた。
前回の裏双門に続きまた落ちてしまった。
気を取り直しエイドしながら進む。氷を抜けたら岩と雪。
13時48分、ブッシュでピッチを切る。
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3ピッチ目終了点
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4ピッチ目:ツクシ、10m、Ⅲ
ちょっとした岩を越え安定した場所に出た。
ここから次のアイスセクション(上半分の氷瀑、およそ3-4ピッチ)に向け歩く。
上半分の最下段アイスセクション。
14時20分。
休憩していると崩落音とともに上部から氷の礫が断続的に降ってきた。近くの岩に張り付くも完全に避けることはできず、左ひじにヒット。幸い少し痛いぐらいであった。
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上半から氷塊が降ってきた
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すぐに荷物をまとめ降ってこない場所に逃げる。
さすがにこれ以上は氷の状態が悪くて登れないと判断し、左岸側の岩などを登り上部へ抜ける方針とした。
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落ち口をバックに二人で
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デプローチ、ビバークなど
14時55分、行動再開。
左岸側の岩場を登っていけば抜けられるはずであったが、行き過ぎたことで悪い岩壁に付きあたり、ツクシくんリードでロープを出すもかなり時間がかかる。
一応その場所は抜けられたが、続いて私がリードで次の壁の突破を試みるも疲労感もありかなり厳しい。特にプロテクションが悪く、グレーディングするならV+はあるだろうか。
しばらく粘ってみるが日没も近づいており、ツクシくんの意見を参考にこのまま上に抜けるのは厳しいと判断し、時間をかけてでも同ルート懸垂で戻り、もと来た道を戻ったほうが確実と判断。下降することにした。
氷のラインでは懸垂支点が取れないこともあり、岩のラインをメインに懸垂することに。途中、横着して伸ばし過ぎたことでロープスタックなどしてしまい、懸垂6回ほどと歩きで谷まで下降し、往路(滝取りつき付近)に復帰。23時ごろとなってしまう。この懸垂中に自分の行動食は尽きており、ツクシくんの分も残り少ない。
24時ごろ、睡魔などもあり、あとは道もわかるので私の要望もあり回復するために仮眠をとる方針に。
ビバーク適地(登り返し地点あたり)にてジュウザの
ツェルトとSOL
エマージェンシーシートに二人で包まる。濡れた足が靴で圧迫され冷たく、なかなか寝付けない。試しに靴を脱いでみると快適になり眠ることが出来た。
出来るだけ風が吹き込まないようにしっかりとシートに包まり、お互いの身を寄せ合うように抱き合って眠りについた。男と抱き合って寝るのはこれで最初で最後にしたいと思ったが、こんなにもありがたいものだとは思わなかった。
4時半ごろ行動再開。この時点で行動食の残りは少ない。なるべくペースを上げたいということもあり、私のロープなどはツクシくんに持ってもらったが、登りがキツイ。平坦は動けるが、少しでも勾配が出ると途端にきつくなった。
6時ごろ、最後の行動食をわけてもらう。カントリーマアム1個、柿ピー半分を食べた。私はエネルギー不足でペースあがらず、都度、水を飲めば回復してある程度動ける感じだった。人は水だけでこんなにも動けるものだろうか。と思った。
ツクシくんはまだ体力は(私より)ありそうだった。申し訳なかった。
8時21分、電波が入ったので事前に計画書を送っていたダイソンや、ワンコさんにLINEで現状を連絡した。大田が紀伊半島彷徨クラブのメンバーなどに連絡してくれ、何かあったときに動ける体制をとってくれた。
時折メンバーがLINEや電話をしてくれて気を保ち動き続けることが出来た。本当にありがたかった。
11時44分、大台ビジターセンターに到着。ガスはある程度あったのでお湯を4リットルほど沸かす。ガスを全部使い切る。ツクシくんは脱水により頭痛がしていたようで多めに飲んでもらう。レモネード粉末があったので半分ずつ飲む。最高に美味くて嬉しかった。
ツクシくんの頭痛のこともあったので、水を積極的に飲んでもらい、2時間ほど仮眠。デポしていたシュラフにくるまる。あたたかい。キムからの電話で元気が出た。
15時、保温ボトル2本、ナルゲン1リットルの合計2リットルの水とビバーク装備のみを持って下山開始。ギア類は残置した。ここからは平坦か下りのみ。ただしラッセルはある。
途中からあまり体が動かなくなる。体調が悪いのがわかる。みぞおちあたりがきつくなる。辛い。水を飲めば回復するので1-1.5時間おきに休憩し水を飲んだ。ツクシくんに全部ラッセルしてもらった。私は気力だけで動いていたと思う。
途中電波がない区間で体力的に限界が来る。身体が動かない。もう一度ビバークを考える。おそらくあと6㎞ぐらいの地点である。でもここでビバークしたら生きて帰れない気がした。少なくとも電波がある区間まで動こうと思い、少しずつ身体を動かした。
電波が入る。その後ワンコさんから電話がきた。夜勤前に車のデポ地点にコーラや食料などを置いてくれたようだ。元気が出た。本当に嬉しかった。生きて帰らねばと思った。
しばらく進み下り基調となり、かなり楽になりペースがあがった。
紀伊半島彷徨クラブのグループライン、みんなからの連絡で気を保ち身体を動かした。YAMAPの位置情報を共有した。
22時10分、車に到着。下山時に用意した水は500ml残っていた。
ワンコさんに持ってきてもらったコーラや食料を流し込んだ。
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今までで一番うまいコーラ
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完走した感想
良かったこと、悪かったこと、反省し次に生かすべきことは多々あると思います。
たくさんの仲間たちにご心配、ご迷惑をかけてしまったことが何よりも悔しかったです。
結果的に、救助を呼ぶまでに至らなかっただけで、実質遭難したものだと思います。
みなさん、色々と動いてくれて、見守ってくれて、ありがとうございました。
みなさんなのおかげで生きることが出来ました。本当にごめんなさい。ありがとう。
命あっての物種だと思います。
たぶん、私はもうこの課題に取り組むことはないと思います。
もしも、もしもどなたかが挑戦しようということであれば、写真やルート情報などを提供したいと思います。
あとがき
これは
剱沢幻視行 山恋いの記(和田 城志)から抜粋したものである。この山行を計画した際にすでに書いておいたものなので、今回の顛末とは特に関係ないのだが、深く考えさせられるものとなった。
山は優しくも冷徹でもない、人辺の営みなど無関心だ。山は人を差別しない。ベテランであろうが素人であろうが、等しく襲いかかる。人間の計らいなど山から見れば無に等しいのだ。
経験も努力も必要だ。しかし、それは山で生きて行けることを保証しない。そういう山の無関心さが私を快くさせる、経験を積むことは、自然を理解し手なずけることではない。臆病を重ねることだ。
無謀だから死んだのではない。死んだから無謀なのだ。
※西大台の利用調整期間(事前の入山申請や人数制限あり)は4月から11月です
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西ノ滝200m(左)と中ノ滝250m(右)
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以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。
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